大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)12号 判決 1960年7月14日

原告 石塚博

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨及び原因

原告訴訟代理人は、特許庁が昭和二十九年抗告審判第二、一九二号について昭和三十三年二月二十五日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は、昭和二十八年六月十五日、特許庁に対し、「チタニウム含有物又は他の原料を塩素瓦斯にて処理し塩化物を製造する塩化炉」について特許を出願し、同年特許願第一〇、七六九号として審査の結果、昭和二十九年十月十一日附で拒絶査定を受けたので、同年十一月十日、これに不服の抗告審判を請求し、同年抗告審判第二、一九二号として係属したが、昭和三十三年二月二十五日に至り、右請求は成り立たない旨の審決がなされ、その審決書の謄本は同年三月十七日原告に送達された。

二、原告の特許出願にかゝる発明は、「チタニウム含有物、ジルコニウム含有物等を高温に於て塩素ガスと作用せしめ同時に酸素又は酸素含有ガスを吹込んでチタニウム、ジルコニウム等の塩化物を蒸発せしめ凝縮採取する塩化炉に於て、炉の下部に塩素ガス吹込管を設け炉床に傘型廻転残渣排出装置を設け且炉底に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設けることを特徴とする塩化炉」であることをその要旨とするところ、審決は原告の発明をこの通りに認定したうえ、昭和二十五年実用新案出願公告第一〇、八五四号公報(以下引用例一という。)と、米国特許第二、一八四、八八七号明細書(以下引用例二という。)とを引用し、これらは原告の本件出願前国内に於て公知のものであり、これらの公知のものと本件の発明とを比較して本件の発明は前記両引用例記載の公知事実から容易になし得る程度のものであり、本件の発明に於ける酸素の使用目的及び作用効果は前記米国特許第二、一八四、八八七号明細書記載のものと同等である、と認定し、結局本件発明は旧特許法第一条(大正十年法律第九十六号、以下単に旧特許法という。)にいう特許要件を具備しないものである、としたものである。

三、審決は次の点において違法であつて取り消さるべきである。

審決が本件発明は前記両引用例記載の公知事実から容易になし得るものと認定したことは、誤つた違法な認定である。

すなわち、

(一)  引用例一は、炉床に空気送入管を具えた傘型廻転体を設け内容物を自動的に排出するようにした鉱石加熱炉であつて、本件発明のごときチタニウム含有物、ジルコニウム含有物等の塩化炉に関連あるものではない。また、

(二)  引用例二は、炉側壁下部に塩素吹込管を、さらにその下方に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設け、チタニウム含有物を高温において塩素ガスと作用させ、同時に酸素又は酸素含有ガスを吹込み、チタン塩化物を蒸発、凝縮、採取する塩化炉であつて、この炉において酸素又は酸素含有ガスを吹込むことはチタニウム含有物ジルコニウム含有物を塩素化する反応の助長、調整のために行うことを目的とするものである。

しかるに、本件発明は、前主張のとおりの塩化炉であつて、炉床に傘型廻転残渣排出装置を設け、且炉底に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設けることは、酸素又は酸素含有ガスをチタニウム含有物、ジルコニウム含有物等の塩素化反応後に生ずる残渣と反応せしめて、残渣中に含まれる塩化物を酸化物に変えると共に塩素瓦斯を遊離せしめることを主眼とし、これを行うのに都合よく構成したものであり、引用例二のようにチタニウム含有物、ジルコニウム含有物の塩素化反応に酸素又は酸素含有ガスを参与せしめることを目的とするものでないが故に、根本的に本件の発明は引用例二と異なるものである。

四、(一) 被告は、本願発明の炉甲も引用例一に記載の炉乙も、酸素吹込管を具え酸素を吹込んで炉温を高め炉内処理物を排出する加熱炉としてみれば同等であるというが、乙は被告のいうような加熱炉であるかも知れないが、甲は、本願明細書に明記せられているように、吹込む酸素は炉温を上昇させることを目的とするものではなく、反応残渣に附随する四塩化チタンを全部酸化物に転化し、同時に少量含有される塩化マグネシウム、塩化カルシウム等をも酸化物を転化すると共に、塩素を遊離せしめ、この遊離した塩素を反応残渣の上部の反応帯で行われる塩素化反応に利用し、かつ残渣排出に当つて有害なる塩素漏洩を絶無としつゝ、反応残渣を排出するようにした塩化炉であるので、これを乙と同等であると見ることは誤りであるといわなくてはならない。したがつて、設置した廻転軸の軸心方向に酸素導入管を具えた傘型廻転処理物排出装置のみが構造と機構とにおいてほとんど同等であるからといつて、甲と乙とが全体的に同等であるとする被告の所論は不当であり、塩化炉において反応残渣を有毒なる塩素の漏洩なくして連続的に排出するようにしたものは、未だ提案されたことがなく、本件発明の炉甲をもつて嚆矢とするものである。

(二) 次に、被告の主張によれば、本願の炉甲は引用例二の炉丙と比較しこれと異なる自然力利用の手段が存在しないと断定しているが、甲と丙とは、後に説明するとおり、構造上における発明構成上の必須要件を明確に異にし、この相違する構造上の差異に基き、甲は丙においては意図していない目的及び作用効果を奏し得るものであるが故に、この構造上の明確なる差異がこれを要するに自然力利用の手段の存在を意味することにほかならず、甲においてこの自然力利用の手段が存在する以上、被告の引いたコーラーの古典に基く発明の定義に合致していること、明瞭である。

ところで、甲と丙とは、構造上、

(イ)  甲は酸素導入管を備えた傘型廻転残渣排出装置を設けてあるが、丙は設けていないこと、及び

(ロ)  甲は酸素導入管を炉底に設けてあるが、丙はこれを炉の側壁の下部に設けてあること

の二点を異にし、またその作用及び効果においても、甲は酸素導入管を備えた傘型廻転残渣排出装置を炉底に設けた塩化炉であつて、これによつて、本願明細書に明記してある通し、炉底に酸素吹込管を設けて酸素を吹込むので、残渣に附随する四塩化チタンは全部酸化物に転化せられ、かつ少量含有せられる塩化マグネシウム。塩化カルシウム等も酸化物に転化せられて塩素を遊離、回収することができ、その四塩化チタンを含有しない反応残渣を傘型廻転排出装置により機械的に排出可能となし、残渣分解と同時に炉底に貯溜する塩素ガスを酸素をもつて置き換え、残渣排出の際の塩素漏洩を絶無にすると共に、この残渣処理によつて生ずる塩素は再び塩素化反応層において塩化に使用し得るものであつて、炉底に酸素導入管を設けたのは、酸素を塩素化反応残渣の処理に有効に使用することを意図し、その意図が有効に果されているのである。被告の甲の傘型廻転体は炉内の塩素化残渣の排出を単に機械的に行うようにしたものに過ぎないから丙についてその米国特許明細書に「塩素化温度は塩素化残渣の排出速度を調節してもある程度規正できること明らかであろう」と記載するような作用効果を当然有するものと推認せざるを得ない、との主張は、傘型廻転体のみについての所論で、本願発明は、塩素化温度を塩素化残渣の排出速度を調節して規正することを発明の要旨とするものでもない。

次に、甲と丙との酸素吹込管の位置的相違に基く作用効果上の差異について考えるのに、丙において酸素導入管を設けて酸素を導入することの主旨は、その明細書の記載を検討すれば、通常の操作においては塩素化に当つて酸素を通ずることなしに行うのであつて、酸素の導入は炉の予熱を行うを主たる目的とするものと解するのが妥当であり、被告の指摘する、右明細書中、この酸素は塩化マグネシウムのような高融点塩化物の生成を防止する、との記載は、丙の塩素化反応帯域における現象を示すもので、塩素化反応帯域には過剰ではないにしても酸素が存在することを明示しているに過ぎず、また、それが塩化物の分解を促進する性質を有する、との記載も、丙の塩化炉を出た生成物たる四塩化チタンと塩化鉄を含有する混合ガスを凝縮し、かくて得た凝縮混合物を加熱してそれに含有せられる四塩化チタンと塩化鉄と分離するのに、その加熱を稀釈剤の存在で行うのがよく、その稀釈剤として塩化鉄と四塩化チタンの一部を凝縮したのちに残留するガスが適し、そのガスが酸素を実質上含んでいないことを示しているに過ぎない。要するに、これらの記載において明らかにされていることは、炉内の塩素化反応帯域においては酸素が存在し、炉を出る生成ガス中には実質的に酸素を含んでいないことを示すに止まり、塩素化反応残渣の処理に酸素を使うという観念について教えるものでないことは、この明細書中塩素化反応残渣について一言も触れるところのないことによつても、明白である。

甲は、炉底に酸素導入管を設け、炉の縦方向に酸素を導入し、塩素化反応残渣全体にわたつて分布反応せしめ、かくして反応残渣に含有せられる塩素分の完全回収と塩素の漏洩なき残渣の連続的排出と、さらに傘型排出装置の塩素による腐触を絶無ならしめることとを主眼とするものであるのに反し、丙は炉壁の下部(炉底ではない。)に酸素導入管を設け、炉の横方向に酸素を導入し、酸素は塩素化反応(塩素化反応残渣ではない。)に主として与からしめるように構成したもので、すなわち、反応残渣の処理を主眼とするものではなく、しかも残渣の連続的排出について何ら考慮を払われていないが故に、両者はその発明思想を異にするものでる。

したがつて、本願の発明は引用例二の存在によつてその新規性は阻却せられず、たとえ引用例一が別途に公知であるとしても、これ亦本願発明とは全く別異のものであるので、本願発明は引用例一と二とにそれぞれ記載された公知事実から容易になし得ざるものであつて、旧特許法第一条の発明の要件を具備するものであると確信する。

五、本件審決は、誤認にもとづく違法なものであるから、こゝにその取消を求める。

第二答弁

被告指定代理人は、主文通りの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告が請求原因として主張する事実中、原告の本件特許出願からその拒絶査定に対する不服の抗告審判請求につき、その請求が成り立たない旨の審決書謄本が原告に送達されたまでの特許庁の手続に関する事実、並びに原告出願の右発明の要旨及び前記審決の梗概がそれぞれ原告主張のとおりであることについては、これを認めるが、原告が右審決を違法であるとして主張する諸点は、全面的にこれを争う。

二、(一) 被告は、引用例一(昭和二十五年実用新案出願公告第一〇、八五四号)に記載の炉(以下乙という。)が炉内化学反応という観点からみて、本訴にかゝる昭和二十八年特許願第一〇、七六九号の塩化炉(以下甲という。)と総体的には別異の範疇に属することは、これを認めるに吝ではないが、決して本願発明のごときチタニウム含有物、ジルコニウム含有物等の塩化炉に関連のないものであるとは考えない。なんとなれば、甲も乙も酸素(同含有ガス)吹込管を具え、酸素(同含有ガス)を吹込んで炉温を高め、炉内処理物を排出する加熱炉としてみれば、両者同等であるばかりでなく、廻転軸の軸心方向に酸素(同含有ガス)導入管を具えた傘型廻転体からなる炉内処理物排出装置たるその構造と機構とにおいてほとんど同等である以上は、少なくとも乙が加熱炉、塩化炉のいかんを問わず、およそ炉に酸素(同含有ガス)を供給し、炉内の処理物を排出する必要の存するかぎり、適用可能なことを察知するに難くないからである。

(二) 次に、引用例二(米国特許第二、一八四、八八七号明細書)の塩化炉(以下丙という。)に関する原告の見解は、酸素(同含有ガス)の使用目的が本願の炉甲と相違するから、直ちに両者は発明として別異のものであるというにあるが、もし原告が甲において塩素化反応への参与、すなわち、炉温(塩素化反応の適温)の維持に影響を及ぼさしめず、もつぱら残渣中に含まれる塩素化物を酸化物に代え、塩素を遊離回収する目的に使用するというのであれば、当然丙と異なる自然力利用の手段が存在するのであり、原告はそのことを明らかにしなければならないであろう。けだけ、発明を定義したコーラーの古典を引くまでもなく、発明とは自然力を利用して一定の作用効果を導き出す技術的思想であつて、主観的目的(或いは発明を生む契機となつた発明者の意図といつてもよい。)が自然力を制御利用する具体的手段を通じてその目的或いは意図の通り作用効果を具現したとき、はじめて目的自体が発明成否の基準として問題となり得るのであつて、因果律によつて対応する作用効果の奏せられる自然力利用の具体的手段こそ、発明の本質というべきであるからである。

そこで、次に本願の炉甲と引用例の炉丙とにおいて自然力利用の手段(構造と操作条件)の異同を明らかにし、作用効果において両者ほとんど相違のないことを論証しよう。

(a)  甲と丙とにおける構造上の異同と作用効果

甲は前記乙(引用例一の炉)のような傘型廻転体からなる塩素化残渣排出装置を有する点で、これを有しない丙と相違するが、塩素管が共に炉の下部側壁にある点と、塩素の吹込点が酸素の吹込点より上方にあるという、酸素と塩素の吹込点の相対位置とが一致している。

すなわち、

(イ) 甲は傘型廻転体を有するが、丙はこれを欠く点と、

(ロ) 甲が酸素吹込管を炉底に設けたのに対し、丙がこれを炉の側壁下部に設けた点

とが、構造上の相違点になるのでる。

ところが、甲の傘型廻転体は戸内の塩素化残渣の排出を単に機械的に行うようにしたものに過ぎないから、丙についてその米国特許明細書に「またこの温度(被告訳註、塩素化の適温を指す。)は塩素化残渣の排出速度を調節してもある程度規正できること明らかであろう。」と記載するような作用効果を当然有するものと推認せさるを得ないし、また酸素吹込管の位置についてみても、原告が本件抗告審判における昭和三十三年一月十七日附意見書(乙第四号証)で、甲の酸素管の特定位置に基く作用効果を立証しようとして挙げている実験数値は、甲を用いて含酸素ガス(空気)を吹込んだ場合とこれを吹込まない場合とにおける炉底(ガス)残渣及び廃ガスのそれぞれにつき塩素の分析値を羅列したものに過ぎないから、丙のように酸素吹込管を炉の下方側壁に設けた場合に比し作用効果の差異を論ずる資料にするに足りないこと、審決に説示しているとおりである。

(b)  操作(反応)条件における甲、丙の異同と作用効果

甲の炉に装入する原料はチタニウム含有物である点で丙におけるそれと差異はなく、甲の反応温度はその明細書の記載に徴するに摂氏四〇〇―九〇〇度の公知温度であつて丙の摂氏六〇〇度以上と一致するから、甲につき本願明細書が酸素の反応温度への影響につき記載するところがたとえ皆無であつても、両炉の原料及び反応条件に実質上差異がないから、当然甲においても酸素は炉温に関与するものと推定でき、丙につきその米国特許明細書に詳細に論述しているような炉温(塩素化適温)維持の作用効果が生起すると考えなくてはならない。

さらに、引用例二の炉(丙)においても、炉側下部にある酸素吹込管から導入される酸素は消極的に塩化マグネシウムのような高融点塩化物の生成を防止するのみでなく、積極的に塩化物の分解を促進する性質(原告のいう塩化物の塩素と置換して塩素を遊離させる性質)を有することは、その米国特許明細書の記載によつて明らかであつて、丙炉においても甲炉と同様酸素が炉底に吹込まれる以上、酸素が塩素反応後に生ずる残渣と反応してこの中に含まれる塩化物を酸化物となし塩素ガスを遊離せしめる同一の作用効果が生起するものと断定して差支えないのである。

(三) したがつて、丙炉の酸素吹込管を空気(酸素)吹込管を具えた乙炉の傘型の廻転炉内残渣排出装置に代えて本願甲炉となし、或いは乙炉の側壁に塩素吹込管を併設して甲炉を得ることは、乙炉、丙炉が共に公知である以上、特に発明に値する独創的技術思想であるとは認められず、すなわち、本願の発明は、引用例一及び二にそれぞれ記載された公知事実から容易になし得る程度のものであつて、旧特許法第一条にいう条件を具備する発明たるに値しないのである。

三、被告は、甲及び乙がそれぞれ原告の主張するような炉であること及びそれらが目的を異にし別異の製品を得るものであることは、認めるが、甲の酸素は炉温の上昇を目的とするものでないとする原告の主張は争うこの種の塩化反応はそれ自体発熱反応であつても、実際に炉内で行うには始動時加熱を要するはもちろん、酸素を導入する以上は、主観的な目的意識は奈辺にあつても、作用的には炉温を上昇させることは、顕著な事実であつて、その意味で甲も亦一種の加熱炉であり、したがつて「傘型排出装置を有する加熱炉」という観点からみて、甲乙は同等であるのである。

次に引用例二の米国特許明細書の記載は、塩素化の温度が残渣の持ち去る熱量(出熱)により影響を受けるもので、残渣の排出速度を増せばそれにつれて残渣の持ち去る熱量(出熱)が増すため、入熱に変化のない限り炉温が低下するということであるから、甲丙両炉が傘型排出装置の存否にかゝわらず同一原料を投原し塩素及び酸素を導入して残渣を排出するものである以上、炉の熱平衡につき同様の関係が成立すること、論をまたない。しかも、原告の主張するように、本願において塩素化温度を塩素化残渣の排出速度を調節して規正することが発明要旨でなければ(例えば甲の残渣排出速度が不可変であるとすれば)、甲の塩素化温度の調整(甲の塩素化に特定の適温域がないとはいえないから、かゝる調整の要あることは原告も否認できまい。)に果す導入酸素量というフアククターの占める比重は益々大きくなるであろう。

さらに、被告は、原告の主張する、丙の酸素の導入が炉の予熱を行うことを目的の一つとしていることに、敢て異論を唱えるものではないが、これを特に主たる目的であると断定する論拠は皆無に等しいと考える。

また、丙の導入酸素は、たとえ炉側下部から吹込まれるものでつあても、残渣層に吹込まれることは明らかであるから、それが塩化マグネシウムのような高融点塩化物の生成を防止する、との引用例二の記載は、消極的であるとはいえ、甲と同一の現象(残渣に附随する四塩化チタンが全部酸化物に転化し、かつ少量含有せられる塩化マグネシウム、塩化カルシウム等も酸化物に転化して塩素を遊離すること)が丙にも生起することを示しているし、同明細書は亦酸素が塩化物の分解を促進する性質(原告のいう塩化物の塩素と置換して塩素を遊離させる性質)を有することを示唆しているので、原告の主張する稀釈剤及び酸素分布の状況の真否はともかくとして、甲、丙両炉における導入酸素の作用効果比較論には実質的に無関係であり、丙の導入酸素も甲のそれと同様に残渣は附随する塩化物を酸化物に代え塩素を遊離する機能を果すという前記結論をさらに強力に裏附けしているといえるのである。

なお、原告は米国特許明細書は塩素化反応残渣のことにつき一言も触れていない、と主張するが、同明細書中さきに被告の引用した「またこの温度は塩素化残渣の排出速度を調節してもある程度規正できること明らかであろう。」との記載等に徴するも、原告の主張の不当であることは明らかである。

四、要するに、本願をもつて、昭和二十五年実用新案出願公告第一〇、八五四号公報(引用例一)及び米国特許第二、一八四、八八七号明細書(引用例二)所載の公知事実から容易になし得るとした本件審決には、事実誤認の点がなく、したがつて何らこれが取消の理由たるべき違法がない。

第三証拠<省略>

理由

一、原告が、昭和二十八年六月十五日、「チタニウム含有物又は他の原料を塩素瓦斯にて処理し塩化物を製造する塩化炉」なる発明につき特許を出願したが(同年特許願第一〇、七六九号)、昭和二十九年十月十一日附で拒絶査定を受けたので、同年十一月十日、これに不服の抗告審判を請求したところ(同年抗告審判第二、一九二号)昭和三十三年二月二十五日、右請求は成り立たない旨の審決がなされ、その審決書謄本が同年三月十七日原告に送達されたこと、原告の右発明は、「チタニウム含有物、ジルコニウム含有物等を高温に於て塩素ガスと作用せしめ同時に酸素又は酸素含有ガスを吹込んでチタニウム、ジルコニウム等の塩化物を蒸発せしめ凝縮採取する塩化炉に於て、炉の下部に塩素ガス吹込管を設け炉床に傘型廻転残渣排出装置を設け且炉底に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設けることを特徴とする塩化炉」であることをその要旨とするところ、審決は本件発明はその出願前国内に公知であつた昭和二十五年実用新案出願公告第一〇、八五四号公報(以下引用例一という。)及び米国特許第二、一八四、八八七号明細書(以下引用例二という。)記載の公知事実から容易になし得る程度のものであり、酸素の使用目的及び作用効果も右引用例二記載のものと同等である、と認定し、結局本件発明は旧特許法(大正十年法律第九十六号、以下単に旧特許法という。)第一条の特許要件を具備しないとしたものであることについては、いずれも当事者間に争がない。

二、本件出願発明の要旨は、前記のごとき塩化炉であることに存し、成立に争のない甲第二号証(本件出願の全文訂正明細書)及び同第一号証(特許願)添附の図面によれば、その発明の目的は、前記のごとき塩化炉において、酸素又は酸素含有ガス吹込管を、反応残渣の処理に都合のよい位置、すなわち炉底に配置し、かつ傘型廻転残渣排出装置を炉床に設けることにより、反応残渣に含有せられる塩素分の完全回収と、塩素の漏洩のない残渣の連続的排出と、さらに傘型廻転残渣排出装置の塩素による腐触とを絶無にする点におかれていることを認めることができる。

一方、審決に引用されてある米国特許第二、一八四、八八七号明細書(引用例二)は、昭和十五年四月十九日に当時の特許局陳列館に受け入れられたものであつて、この明細書中には、チタニウム含有物特にチタニウムを酸化物の形で含有している鉱石に、高温において、かつ炭素のような還元剤の存在のもとで、塩素ガスを作用させて、チタニウム塩化物(四塩化チタニウム)を生成し、これを蒸発凝縮させて採取する方法並びに装置についての説明があり、かつ、炉側壁下部に塩素ガス吹込管を設け、さらにその下方の側壁に一個又は二個以上の酸素(又は空気)吹込管を配置し、炉側壁底部には灰並びに塩素化されない残鉱を連続的に或いは間歇的に取り出すための戸その他により開閉される排出部を具えた塩化炉が図示されてあることは、成立に争のない乙第三号証(右明細書)により明らかであり、またこれも審決に引用された昭和二十五年実用新案出願公告第一〇、八五四号公報(引用例一)は、昭和二十五年十二月十九日特許庁発行にかゝり、右公報には、炉床に空気吹込管を具えた傘型回転体を設け、かつその傘型回転体の周囲には焼成された生石灰等を連続的に外部に取り出すための回転受板を繞らしてなる石灰石等の加熱炉が記載されていること、成立に争のない乙第二号証

(右公報)に徴して明らかである。

三、そこで、本件出願発明にかゝる塩化炉と右両引用例に記載されている公知事実とを比較検討する。

(一)  まず、本件発明の塩化炉は、前示引用例二と、いずれも、チタニウム含有物に高温において塩素ガスを作用させ、生成したチタニウム等の塩化物を蒸発凝縮させて採取する塩化炉において、炉の下部に塩素ガス吹込管を設け、さらにそれより下方に酸素又は酸素含有ガス吹込管並びに反応残渣排出部を設置している点で、両者は一致し、前者が(イ)炉床に傘型廻転残渣排出装置を、(ロ)炉底に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設けているのに対し、後者は、(イ)炉側壁底部に戸その他により開閉される残渣排出口を、(ロ)炉側壁下部に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設けている点において相違している

(二)  次に、本件発明の塩化炉と引用例一記載の加熱炉とを比較するのに、前者において、反応残渣排出のために使用する傘型廻転排出装置の構造は特に限定されていないから、当然引用例一に記載されているような構造の傘型回転処理物排出装置を使用する場合も包含されるものと考えなくてはならず、してみれば、本願発明の塩化炉と引用例一の加熱炉とは、その排出装置に関する限り、とりたてゝいうほどの差異のないものと解すべきであり、またその排出装置を炉床に配置してある点でも両者は一致しているが、たゞ、前者の傘型廻転残渣排出装置はチタニウム含有物等を塩素化する塩化炉の炉床に附設せられ、反応の結果生ずる残渣を連続的に排出されるためのものであるのに対し、後者の傘型回転処理物排出装置は石灰石等の加熱炉の炉床に附設せられ、焼成された生石灰等を連続的に外部に取り出すためのものである点において、相違している。

四、原告は、本件発明の塩化炉と引用例二のそれとの前記構造上の差異に基く作用効果の相違について、まず、後者は炉側壁下部に酸素(又は酸素含有ガス)吹込管を設け、炉の横方向に酸素を導入して主として塩素化反応に与からしめ、炉の予熱及び塩素化反応の助長調整を計ろうとするものにかゝり、塩素化反応残渣の処理を主眼とするものではないが、前者は酸素による反応残渣の処理を主眼としており、そのため酸素吹込管を反応残渣の処理に都合のよい炉底に配置し、炉の縦方向に酸素を導入して、塩素化反応残渣の全体にわたつて分布反応させ、かくして反応残渣に含有せられる塩素分を完全に回収させるようにしたものである点において、両者は相違する旨主張するが、引用例二である米国明細書にも右引例の塩化炉ついて、「鉄及びチタンの塩化物の揮発を助長して炉内の反応率を促進し、かつまた炉内の閉塞を防止するためには、塩素化用ガスの重量を基準として少くとも四容量%の酸素の存在の下に塩素化を行うことが多くの場合望ましい。この酸素は四塩化チタンの除去を助長するばかりでなく、塩化マグネシウムのような高融点塩化物の生成を防止する。」との記載のあることは、前示乙第三号証に徴して明らかであるが、この記載は酸素の存在のもとに塩素化を行えば残渣とともに排出される塩素分を無くし、塩素の利用率を向上させる効果をもたらすことを意味するものであると解せられ、而うして、この効果は本件発明において原告の唱えるところの、酸素による塩素化反応残渣処理の効果にほかならない。(これに反する原告の所論は採用しがたい。)引用例二記載の塩化炉の酸素又は酸素含有ガス吹込管の設置個所は、炉側壁下部であつて、炉の横方向に酸素を導入させるとはいえ、塩素吹込管より下方にあるから、それより吹込まれる酸素は反応残渣層に侵入してゆくことは明らかであり、そして酸素に塩化物の分解を促進する性質のあることは、引用例二の前記記載のとおりであるから、引用例二のように炉側壁下部の酸素吹込管から酸素を吹込む際にも、本件発明について原告が主張する酸素による塩素化反応残渣処理は当然に行われるものと解せられ、引用例二の塩化炉も亦本件発明のそれと同様、酸素による塩素化反応残渣処理の作用効果を奏すること、明らかである。しかも、酸素又は酸素含有ガス吹込管の設置個所について本件発明においては、「炉底に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設ける」と表現するのみであるので、その吹込管の設置される位置は、前記甲第一号証(本件特許願)添附の図面に示されてあるような炉底の中央部のみに止まらず、炉側壁に近い炉底をも包含しており、かつ酸素吹込管の方向にしても、酸素を炉の縦方向に導く場合のみに局限されないから、酸素の分布反応状態は、炉側壁下部に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設置した場合のそれと比較して、格段の差があるものとは思えない。したがつて、酸素又は酸素含有ガス吹込管を炉底に設けたときと、炉側壁下部に設けたときとでは、一方を「酸素はこれを塩素化反応残渣に反応させ、その処理を主眼とする」と呼び、他方を「酸素は主として塩素化反応に与からしめ、塩素化反応残渣の処理を主眼としない」というほどの作用効果上の差があるとするには、これを主張する原告において、その作用効果上の差異の程度について立証する必要があると解すべきところ、それほどの差異のあることを認めるに足る何らの証拠がない。(成立に争のない乙第四号証(原告提出の昭和三十三年一月十七日附第二意見書)中に示されている実験数値もこれが証明とするに足りないこと、被告の主張するとおりである。)

次に、原告は、本件塩化炉は四塩化チタニウムを含有しない塩素化反応残渣を傘型廻転排出装置により機械的に排出可能となしているのに対し、引用例二記載の塩化炉においては、反応残渣の連続的排出について何ら考慮を払つていないから、両者は塩素化反応残渣の排出機能を異にしている、と主張するもののようであるが、引用例二の塩化炉も塩素化反応残渣を連続的に或いは間歇的に取り出すために、戸その他により開閉される排出口を炉側壁底部に具えていることは、前記乙第三号証に徴して明白であるばかりでなく、鉱石加熱炉において焼成物を連続的に外部に取り出すために傘型回転式排出装置を炉床に設けることは、前認定の引用例一により、これ亦本件出願前より公知であるから、引用例二の炉側壁底部にある戸その他により開閉する残渣排出機構を引用例一にみられるような傘型廻転残渣排出機構に変え、これを炉床に設置することは、当業者が発明力を要せずして容易になし得る程度のことであつて、特許に値するものとは認められない。

而うして、以上に認定した引用例二の塩化炉との間の各相違点を湊合して構成された本件出願発明の塩化炉そのものについて観察しても、それら湊合により、原告が主張する、反応残渣に含有せられる塩素分の完全回収と、塩素を漏洩させない残渣の連続的排出と、さらに傘型排出装置の塩素による腐触を絶無にする等格別の効果のあることを明認するに何らの証拠がなく、要するに、原告の出願にかゝる本件発明は前記引用例一記載の公知事実の存在のもとにおいて、ひとしく当時公知に属した引用例二から、当業者が容易に想到し得る程度のものに過ぎないので、旧特許法第一条にいう発明に該当しないものと認めるのほかない。

五、附言するに、原告は、本件塩化炉が引用例二のそれと構造上異なる点として、

(イ)  酸素導入管を備えた傘型廻転残渣排出装置を設けてあること、を

(ロ)  酸素導入管を炉底に設けたこと、とともに主張するが、本件特許出願明細書、特にその特許請求の範囲には、「炉床に傘型廻転残渣排出装置を設け且炉底に酸素又は酸素含有ガス吹込管を設け」と記載されてあるに止まること、前記甲第二号証により明白であるから、本件塩化炉は、原告の主張するように、酸素導入管を備えた傘型廻転残渣排出装置を使用する場合に限定せられるものでないといわなくてはならぬ。

また、原告は、引用例一は塩素を導入することがないから本件発明と関連がない、というが、炉内処理物を連続的に排出させる目的で、炉床に傘型廻転排出装置を設置することが、塩化炉その他の炉において公知であるかどうかを考えるのについて、右引用例は本件発明と関連のないものではない。

原告が本件発明の作用効果として主張する、傘型廻転残渣排出装置の塩素による腐触を絶無にするとの点についても、腐蝕は、物質と腐蝕剤(例えば塩素等)との接触により惹起される現象であるから、残渣とともに排出される塩素分が無くなれば、排出装置は塩素と接触する機会がなく、腐蝕されないこと当然であるから、これ亦本件発明の特許に値することを認めしめる事由とするに足りない。

その他前段認定に反する原告の主張はすべて採用することができない。

六、本件審決には何らこれが取消の理由たるべき違法の点を発見することができないので、原告の請求を理由がないものと認め、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用してて、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例